個人の運命を星位と結びつける観点は  <歴史・占い・雑誌>

人体の各部位を星々と結びつけることに繋がった。『テトラビブロス』の第三の書でも、占星医学が論じられている。

学派によって、その照応関係は異なるが、概ね頭部を第1のサインである白羊宮に、足先を第12のサインである双魚宮にそれぞれ対応させ、その間に残るサインを当てはめていく。

外科医学でもこうした照応関係は重視され、後には瀉血で切る部位を決める際にも、占星術的な判断が用いられた。

ローマ帝国では、既に見たように理論面ではギリシャ人に多くを負い、独自の発展はほとんど見られなかった。歴代ローマ皇帝には占星術を重視する者も見られ、占星術師トラシュルスを重用したティベリウス、占星術で最期を予言されたことに怯え、実際に暗殺されたドミティアヌスなどがいたが、キリスト教の広まりとともに衰えた。

西ローマ帝国滅亡後にも迷信的とされた通俗占星術は命脈を保ったが、当時「科学」の一端を担っていた占星術の理論体系は、ヨーロッパ社会からは失われた。

中世のヨーロッパ社会では、ヴェズレーの大聖堂の彫刻など、獣帯を描いたものも見られたが、それらは主として暦を表していたに過ぎず、占星術との関連を論じるのは適切ではない。
update:2009年10月06日